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ポン・ジュース




ポン・ジュースは美味しい。


昔から愛飲しているドリンク。
オレンジジュースは数あれど、あれほどの酸味と甘みのバランスが
良いものは他に無い。
昔のポン・ジュースは濃厚なとろみがありすぎて
ノドごしの悪さがいなめない感もあったのだが
そこは、技術の進歩とメーカーのたゆまぬ努力のおかげで
現在の絶妙なテイストに行き着いたと言っても差しつかえないと言っても過言ではないと言っても間違えない。

連日の暑さに耐えかねて、販売機で見かけるたびに買い求め
飲んでいるのだが。

先日のことホームにて電車を待っている時に
少し離れた販売機にポン・ジュースをみつけた。
構内アナウンスが電車の到来を告げる。

『いけるか?』『どうなんだ?』『落ち着け!』『Suicaもってるじゃない!』

電車の進入と反対の方向へ駆け出し
ポン・ジュースのボタンに向かって左手の指を突き出すと同時に
右手で後ろポケットの財布を同時に出す離れ業を試みた。
「ピピッ!」っという音とともにペットボトルが「ゴトッ!」と吐き出されるのと同時に
到着した電車が「プッシュー!」と扉を開けた。

『あせるな!こういう時こそゆっくりだ!』

往々にして取り出し口で引っかかり、抜けないという愚行を
人間は繰り返してきたのだ。

『余裕をかませ!』

あえて散歩のような気楽さで、ポン・ジュースを取り出し
「プルルルルルルル!」と発車の音が鳴り響く中
キャップの先をつまむように持つ右手をプラプラさせ、左手はポケットにつっこみ
悠然とスローモーションで大股に

扉ではさまれた。


『山手線の車掌は駆け込み乗車に容赦無い!』

過去に横一列に駆け込む三人の婆さんが
横並びのまま挟まれる惨状を目撃したことがある。
それでも強引に入り込もうとする婆さま達を
小刻みに開閉を繰り返しながら段階的に閉める高等技術で
ホームへとはじき出す匠の技。

「ひゃっひゃっひゃっ!」と
ホームで笑い合うババア達が遠ざかる在りし日の記憶が
挟まれた刹那よぎり、僕に力を取り戻してくれた。

『ありがとう!婆3。命を教わりました!』

開く事さえしてくれない扉の圧力の中
ねじ込むように車内へと。
「おおおおおおおおおー!」と心の叫びとともに
僕は車内へと産み落とされた。

「バン」と閉まった扉。
その時、決して緩めようとしなかった扉が
一瞬だけ小さく開かれた。
『負けたよ、、、。』車掌の声が聞こえた気がした。

動き出す電車。
車内に立ち尽くす僕。
辺りを見回すと席が一カ所だけ空いていた。
空席の隣のOLらしき女性が
目の前に広げた文庫本から視線を上げ
僕の生き様を冷視していた。

生唾を飲み込みポン・ジュースを後ろポケットにねじ込み
僕はその空席へと歩みを進めた。
『なにも恥じることは無い。』『なぜ車両を移る必要がある?』
『席が空いている。』『誰も座らない。』『ぼく座る。』『自然なことね。』

「すみません。」
あくまでもジェントリーな響きを崩さず
彼女の隣に静かに腰を下ろす。

とうに本へと視線を戻していた彼女は
無言のまま小さく座り直した。

『喉が乾く、、、。』『我慢しろ、ふた駅の間だ。』
『この混雑で飲み食いはクールじゃない。』

腕を組み、目をつぶり、決戦の刻を待つ武将のように。(足は揃え閉じて)


目的駅を告げるアナウンス。
「カッ!」と目を開き立ち上がり
早めに扉の前へと。

「プッシュー!」という音とともに眩しい世界が開ける。
プラットホームに降り立ち、
閉まる扉越しに
先ほどの席とOLをゆっくりと振り返る。

『たまゆらの時』『こんな形で相見えましたが』『またご縁がございましたら』『もっと違う形で、、、。』

ふと見ると彼女は文庫本を手に持ったまま
横を向いていた。
いや正確には僕の座っていたシートを見下ろしていた。

『そこには』『正面をこちらに向け』『直立した形で』『絶妙な酸味と甘みのバランスで』


「ポン・ジュース」が在った。


すーっと視線をこちらに向けた彼女が
僕の視線と出会う。

不思議と透明で感情のない
しかし起きている事を理解しようという真摯さを持って。

再びシートのポン・ジュースに視線を落とし
そして再びゆっくりと僕を見つめる。


後にして思うと、それが正しかったのか間違っていたのか。
わからない。

『でも』『その時なぜか』『そうせずにはいられなかったのだ』


動き出す車窓に
僕は手を両脇に揃え
ゆっくりと頭を下げた。

『どうか』
『どうか』
『そのポン・ジュースを』

『おねがいします』、、、と。




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